何もかもが溢れていて、私は時々目を潰す。
今まで見えていた景色が唐突にぼんやりと輪郭を融解させて、幾つもの分身が私の眼球を通り抜けていく。認識が難しくなって、力強く目を瞑り、開く。それを何度も繰り返す。何度も、何度も。
それでも景色は一向にぼやけたままで、恐らくそれは私の脳が、多すぎる視界からの情報量を拒絶しているせいなのだと思う。
道路を行きかう自動車。イヤホンで耳を塞ぐ自転車の少年。携帯を片手に車輪を走らせる少女。
喧しさに静かな世界へと逃げたくなる。
瞬きを繰り返して幾度も視界に暗幕を下ろすけれども、それはただの時間の浪費でしかない。
人生は長いくせに有限だ。
いつからそんなことに気づいてしまったのだろう。
私は口を開いてはまた閉じる。周囲は酸素が薄いのかそれとも別の何かが濃いのか、常に息苦しさを感じる。酸欠の脳はゆっくりとした危機感を胸部に訴える。胃液の代わりに涙が溢れそうだ。
地面に這って過ごしたいと思う。蛇のように這って生きてみたい。酔った勢いでは出来そうだ。自室の床は心地がいい。
私は遥か遠くに視線を飛ばす。周囲の道路や車や人はもちろん認識しているけれど、後になってそれらを思い出そうとしても何一つ浮かんでこない。私は昼でも夜でも歩いているときでも、気ままに夢を見ているようだ。輪郭のぼやけた曖昧な感覚はあるけれど、その過去が現在に繋がっている実感、実感……そういった確たるものがわからない。
自転車のトップスピードは速いけれども、記憶の景色の曖昧さはそこに起因しない。
脳の認識する世界は眼球を隔ててしまうから、この差異が生まれるのかもしれない。
眼球の分だけ、現実は遠くなる。
では聞いたことなどは、と考えると、耳にした事柄でも私はほとんど記憶できない。
幾度も繰り返し聞くような音楽なんかは思い出す。しかし誰の言葉だったのか、どこで言ったのか……
自室は心地よいものの、白い壁に時々黒点が混じる。小さな円を描く。増えることはない。ただ小さな点が恐ろしい。
そして私は今すぐに眠りたい。
眠りすぎて誤差が生まれたのか、眠り足りないから誤差が生まれたのか、その始まりを私は知らない。
どちらが正解などという明確な違いは恐らくそこにはない。
チアノーゼじみた酸素不足、胸の焼けるような不快に、細胞と細胞の隙間を縫って全身から涙が湧き上がるようだ。
俺のねーちゃん関西で国語の教師やってんだけど、先月新しい担任受け持ったんだ。4年生。
で、そこで「虎王人」って名前の男の子がいたんだと。仮に苗字は田中としとく。
流石に読めなくて、本人に聞いたんだ。
姉:ごめんなさい、田中君。下の名前を教えてくれる?
田中:…
姉:…?
田中:……れおと
姉:れおと君、ね。教えてくれてありがとう。
微妙な沈黙の後、聞き取るのがやっとな大きさでぼそっと教えてくれたって。
で、後日その母親が
「ウチの子供の名前が読めないのか!」「本人にわざわざ嫌みったらしく確認したのか!?」って。
子供に謝れってれおと君同席で校長室に乗りこんできた。
そりゃ読めないだろ…。校長も「いやまあ、大変個性的なお名前ですし…」
と当たり障りなく濁してたが姉がメモに「開闢」って書いて
姉:この言葉の読みと意味を御存じですか?
田中母:なんなのよ関係ないでしょ知らないわよそんなの!
姉:「かいびゃく」と読みます。物事の始まりを表します。ではこれは?
田中母:さっきから何なの!?
姉:「きょうじ」と読みます。プライドの事です。
423 おさかなくわえた名無しさん [sage] 2012/05/09(水) 18:42:05.54 ID:U2acs93m Be:
姉:これら辞書に載ってる様な言葉でも、難読なものは沢山あります。
しかし載ってるから意味も読みも調べられます。
ですが人それぞれである名前において、一般的ではない仮名をふって、
読める読めないがありますか。
今はまだ良いですが、これから先、レオト君にとってこのやり取りは
恐らくずっと続く事になります。
お母様がどれだけ立派な意味を名前に託されたとしても、それが人に伝わらなければ
独り善がりに過ぎません。
私たち他人相手に限った話ではありませんよ、れおと君に対してもですよ。
こういった不便な思いをするのは彼本人です。
本当に彼の事を考えて名前を決められたのですか?
大まかにこんな感じの事を言ったんだ。母親が怒り狂って「あんたねええ!!」と
姉に組み付こうとした時、それまで俯いて黙ってたれおと君が、
「いい加減にしてよ!俺が昨日言ったのはこういう事させる為じゃねえんだよ!
先生だよ!?学校の、国語の先生でも俺の名前読めないんだよ!?
そんな名前で、俺が今までどんな思いしてきたか、お母さん今まで一度でも
聞いてくれた事あったかよ!?」
要は、姉が名前を尋ねた日の夜に、れおと君は母親にぽそっと「先生にも名前読まれなかった」
とこぼしたらしい。
本人は母親への皮肉と言うか反抗と言うか、名前に対する不満を表す意味で告げたらしいんだけど
当の母親は「息子が名前を読んで貰えず落ち込んでいる!許せん!」となったらしい。
で、正しい意図も伝えられず勢いに押し切られたらしい。
今までも相当押さえつけられてたんだろうなあ。
母親はそれ以上は流石に何も言えなかったらしい。
何で突っかかるような真似したの?と姉に聞いたら、
名前を尋ねた時の反応で何となく、コンプレックスの様なものを感じたらしい。
で、それまでの担任や関わった教師にそれとなく聞いてみたら、
本人は名前に苦痛を感じてるらしいと。
まだ10かそこらの子供にこんな辛い思いさせやがって!と親に対して憤懣やる方なかったんだと。
救われねえなあと思ったよ。
ぐぐれない人 (via shibata616)
自分で何かを創作したことがなくて、かつ想像力がない人は、世の創作物に対して敬意を払えないんじゃないかと思う。結果、タダで手に入れたいと思ったり、無思慮に違法アップロードしたりするんじゃないかと思う
(via tajimashowroom)
(出典: petapeta)
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